市場が倒産する!市場に三流品しか集まらなくなった理由

市場というのはもともと公正な取引きを前提に行政が作ったものである。それまでは庭先取引きが主流で取引きの事をよく知らない生産者弱者がいつも損をしていた。
これではいけないというので農協が作られて、市場で値が決まるようになった。高度経済成長時代の大量消費にはもっとも適していた。市場は繁栄を極めて大きな力を持つようになった。時代は急速に変化した。人口は減少し量より質が求められるようになった。すべての生産者の生産物を一律に扱うのがむずかしくなっていった。
いい生産物も悪い生産物も共選で一緒にセリにかけられる。これはイヤだという生産者と大口の消費者が出てきたのである。それならそれで変化に対応すればよかったのであるが農協も市場もお役人が作ったものである。変化に対応できない。その結果、市場には物が集まらなくなった。市場に物が集まらなければ閉めるしかない。

それではその生産物はどこへ行ったのか。どこへ行ったと思いますか。スーパー、百貨店、大手外食チェーンが他社と差別化するために契約栽培をするようになったのである。市場外流通がドンドン大きな勢力になっている。市場は衰退化する一方なのである。
契約して栽培する生産者が人気になる理由がある。生産履歴のトレーサビリティが明確である。農薬の使用量がよくわかる。GAPが整備されている。生産物を商品として扱う考えが出来ている。買う側にして見ればいい商品であると確認できるわけだから品質が安定する。

市場が衰退するにもわけがある。優良な生産者は生産組合をつくり自主規制して契約する所に生産物を出荷する。そうすると市場に集ってくる物は、管理されていない品質の安定しない信用できないものばかりということになる。人気がなくなるのは自然の成行きになる。
仲卸と言われる業者の手数料は決められているが、それすら取れず10億も商いをして、わずか100万円の収入というのも珍しくないそうである。この背景には行政の考え方がはっきり出ている。役割の終った市場は退場する。民間の優秀な仲介業者にまかせる。そして農業人口は正味20万人以下でもやっていけるという目論見と計算がある。こういう事はあまり話題にならない。行政は弱者の見方をするようでせず、ずるいのである。農協も危機感はない。自分で情報をとり利用するしかない。ただ物を作るのではなく学習が必要になったのである。




