NHKの朝8時15分からのの連ドラ。見たことありますか? NHK連続テレビ小説「まんてん」のあのシーン。主人公のまんてんちやんがつわりで苦しんでいる時に食べて乗り切ったあの食べ物。覚えてますか?あれこそ屋久島タンカン。おいしそうに食べてましたね〜。
オレンジに似た香りと、手でむける手軽さから、「皮のむけるオレンジ」といわれるタンカン。みかんの約2倍のビタミンCと、高い糖度がウリです。まんてんちやんも、それはおいしいはずです。
今回は、その屋久島タンカンを生産している鬼塚農園をご紹介します。
ポンカツ園の真ん中で
前方には東シナ海、後方は1000m近い山並みの麓。こんなロケーションのポンカン園。その真ん中に建てた家が、住まいです。まさに、みかんに囲まれた生活。夏の夜は、光に群がる虫たちとの共同生活そのもの。蝉の声も半端ではなく元気すぎ。つまり、うるさいということです。
家族は現在、妻と、今年89歳になる母、長男(公務員)。上の写真は母と私鬼塚です。母の表情かわいいでしょ!
屋久島タンカンの生まれ故郷
鹿児島県熊毛郡屋久町と書くと「どこかしら?」とお思いですか?。「世界自然遺産に登録された自然豊かな島、縄文杉で有名なあの屋久島」と言えばスツキリするかも知れませんね。そう屋久島です。
九州最南端の鹿児島・佐多岬から60キロほど。約130Kmほぼ円形の島が屋久島です。車で一周するとだいたい2時間ぐらいですね。
1993年に世界遺産に登録され、樹齢7200年といわれる縄文杉をはじめとする、屋久杉でも有名な自然遺産の島。この島の大きな特徴は、特殊な自然環境が起因しています。一般に樹齢が300年ほどと言われている杉が、2000年〜3000年もの長寿の杉になってしまうのは、年間4000mmから10、000mmもの多雨に恵まれていること。さらに、この小さな島に、1000メートルを超す山々が46座も。この地形がおりなす気候は、実に亜熱帯から亜寒帯まで九州から北海道までの気候が一つの島で見られるということも特徴です。
もちろん、今年も雪が降りました。
屋久島生活も はや50年
中学1年の時、福岡から屋久島に移住。父が屋久島のボンカンを気に入り、今で言う脱サラ組の新たな挑戦としてボンカン作りを始めました。覚悟はしていましたが、屋久島ボンカンだけでの経営は楽ではありませんでした。ボンカンを中気候心にエンドウ、ソラマメなどの豆類や、馬鈴薯などの輸送野菜との経営となっていました。
高校卒業後、今回の主人公保典さんも就農。農業が好きで、何のためらいもなく、就農は当たり前のことでした。
泣く泣くチェンソーで
育まれた屋久島の自然の下での農業。昼夜の気温の差が大きく、年間平均気温19〜20度という好気候。綺麗な空気と美味しい水、いっぱいの太陽。このおかげで、果肉もやわらかく糖度・香り共に最高品質なタンカン・ボンカンが栽培できるのです。
しかし、屋久島は、豊かな自然が農業を後押ししてくれるばかりではないのです。大変苦労することの原因にもなります。年間10、000mmもの多雨。亜熱帯から亜寒帯、つまり九州から北海道のまでの気候。そして、屋久島は台風の通り道、分かれ道でもあるからです。
特にひどかったのは8年くらい前の台風。家の中から見えるボンカンの樹が地面までしなれて、何度も強風にたたかれているうちにバキバキ!。ついに、裂けてしまいました。
大きい防風林までも、耐えきれず、根元から低いうなり声を上げて愛車の軽トラックすれすれにドスン。
台風のあと、本当に涙ながらにチ工ンソーでかたづけ、焼きました。台風がさほどでない年でも、毎年大きい枝が何本か折られます。泣けます。
病を機に無農薬へ
昭和40年代後半。屋久島南部では、ボンカン・早出し野菜の産地化に取り組み始めました。しかし、過重労働を生み、農業者の健康問題など、さまざまな問題が発生。正直辛くて、必死でした。
そんな若い頃の疲れがたまっていたのか、7〜8年前、肝臓病を患って入院。この病をきっかけに、無農薬にとり組み始めました。
ぽんかんの栽培を例にとって見ると、収穫は12月いっぱい。収穫を始めたら、感謝の気持ちを込めて、お礼肥え(有機肥料)。2月下旬には、元肥えとして油カス・魚カス・骨粉・牛フン・堆肥を中心とした肥料を。これによって、栄養を貯えた木は、4月下旬から一斉に花をつけはじめるのです。
その後、木の状態を見ながら実を太らせる為に摘果。
10月下旬には、夏に出た芽を剪定。(芽に栄養が取られないように、また、新芽には病気がつきやすいので防止の為です。)
枯枝が腐って病気がつかないように、枯れ枝も取り除きます。
消毒は極力控えて、炭焼きによる木酢液(虫避け)や糖蜜と酢と焼酎をあわせたストチユー(木に抵抗力をつけ健康にさせる働きがある)で葉を洗います。屋久島は亜熱帯なので雨も多く革もよくのびますが除草剤は使わず刈り取って敷革にし、堆肥にしています。タンカンは、肥料は一年に4回も必要です。
玄米アミノ酸と出会う
2年ほど前、今まで使っていたものに、少し物足りなさを感じ始めた矢先。玄米アミノ酸 液体と出会い、これではないかなと思いました。「だまされたと思って使ってみてください。」に押されて、「ヨシ!だまされようではないか。」というのが本音でした。
まあ、アミノ酸という言葉は、時々耳にしていたので、体に良いのではというのが第一印象でした。
「おいしすぎ、売れすぎ。」
玄米アミノ酸 液体を使用して1年近くになったころ。ボンカンの収穫時期に、暖冬でボンカンの着色が遅れたことがありました。そのとき、玄米アミノ酸で着色促進できればなあと、試したこともありました。玄米アミノ酸 液体を使い始めて、今年は2年目。タンカンの実のなりすぎにより、落葉してしまい、ひどいときは木もろとも枯れてしまいますが、今は春がくると新芽がついてくれるようになりました。
お客様に直接インターネットで販売しておりますが、「おいしい」の声が返ってくるのが、大変うれしいですね。
ある店からこんな一言がありました。
「おいしすぎ、売れすぎ」。
もうたまりませんよ。事実。糖度は2〜3度くらい上がったようです。糖度だけでなくク工ン酸がうまく絡み合っている気がします。
これからのこと
タンカンの裏年も、徐々に改善されつつあったのですが、台風の影響で落下がひどく、傷果や黒点病が出ました。収穫が終わったら、すぐに玄米アミノ酸 液体を散布しようと思っています。
作柄が多くて忙しい中、まだまだ勉強不足だというのが現状なのですが。ニュースレターの情報誌が良いお手本となり、全国の皆様のかんばりに、元気をもらっています。